Top  About  BBS  Diary  3 1/2  Texts  Mobile  Links

四十九日

何年か前の出来事です。


丹沢山中の某川で、中洲に取り残された人達が増水した川に飲み込まれて亡くなってしまう…という、不幸な事故がありました。
全国規模で報道されていた事故だったので、覚えている方も多いと思います。
流されてしまう瞬間が、何度も何度もTVで放映されていました。


あの時の犠牲者の1人は、私の知人の弟さんでした。
彼は婚約者の女性と共に流されてしまい、2人の遺体は最後の最後まで発見されませんでした。


私の知人、彼のお姉さん。
彼女は、私が当時通い詰めていたオールディーズのライブバーで演奏していたバンドの、女性ヴォーカルでした。
私が結構な頻度で通い詰めていた事もあり、色々と話す事も多かった。
当時の私は、事故があった事だけは知っていたけど…まさかそんな身近な話とは露知らず…。


ある日から、彼女がステージに立たなくなりました。
私は能天気に、

体調でも崩したのかな??

等と思っていたのですが…。
彼女を見なくなってから暫くして、“実はね…”と、他の友人からその話を聞かされました。
その時の感情、驚き。
言葉では言い表す事が出来ません。
彼女の事を想うと、胸がチクチクと痛みました。


事故から暫くして、彼女がまた、ステージに立つようになりました。
その時点では弟さんはまだ発見されておらず、きっと辛かったと思うけど…彼女の仕事柄、出てこざるを得なかったのでしょう。


痛々しいまでに自分を鼓舞し、歌い、踊る彼女。
そんな久々に見た彼女の後ろにちらつく人影に気付くのには、然程時間は掛かりませんでした。
男性が、彼女の後ろに寂しそうに立っていたのです。
そう、TVで見た、行方不明者の写真と同じ顔をした人が…。


事故の状況から見て、助かるとはまず思えなかったけど…辛い現実を知りました。

あぁ…助からなかったんだ…。


しかし、その時点ではまだ遺体も発見されておらず、“行方不明者扱い”だった弟さん。
私が彼女にそれを伝えたら“引導を渡す”事になってしまう…。
そんな真似は私には出来ない。
だから…黙っておく事にしました。
彼の、寂しそうに彼女を見つめる目が忘れられません。


彼の、彼女を見る寂しそうな視線。
それに耐える事が出来なかった私は、暫くお店に寄り付かないようになっていました。


そして、暫くして…再びお店へと足を向けた日。
その日も、彼女が所属するバンドの演奏がある日。
彼女の様子が、少なからず気掛かりだったという事実も、決して否めません。


その日、彼女に会った時…
もう、彼はいませんでした。
彼がいた所は、空間に人型の穴が開いたようになっていたのです。
まるで空の製氷器のように、空間に型がくり抜かれていたのです。
その“空虚”にあるのは、漠然とした寂寞感と、哀しい波動のみ。


後から聞きました。
その、“空間に穴が開いていた日”は、丁度彼の四十九日だったのです。
人は死ぬと、四十九日間の間に“あの世”へ旅立つ準備をすると言われています。
彼は四十九日で旅立てた…のだと思います。
いや、そう思いたい。
最期に、仲の良かったお姉さんと一緒にいたかったのだと思います。
とても仲のいい姉弟だったらしいですから…。


彼の遺体が発見されたのは、事故から大分経ってからの事でした。
きっと今頃は、婚約者の方と共にあの世で幸せな生活を築いている、そう願いたい。


その何年か後、彼の友人であり、私の友人でもある地元の飲み友達が彼のお墓参りに出掛けた時…。
お墓の前で線香替わりの煙草に火を点け、バドワイザーの缶の上に乗せてそっと供えて、

オマエはいいよな…。もう、年を取らなくていいんだもんな。

と、そっと語り掛けていた、その時の出来事。
不意に周囲に風が吹き、木々が揺らめき、キラキラと日光を浴びて輝き始め…。
それを見た友人は、

あ、アイツ、喜んでくれてる…。

と確信したそうです。


哀しいお話です。
弟さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。


南無大師遍照金剛

Back   "Feared" Top  Next

Top  About  BBS  Diary  3 1/2  Texts  Mobile  Links