N氏の本社勤務が決定し、大阪から東京へ異動してきた時に、埼玉県内にある社宅の一部屋を分け与えられました。
社宅と言っても、造りは一般的なアパートのようなもので…1階には家族で入れるお部屋が3世帯、2階には1人暮らしサイズのお部屋が幾つかある、いわゆる普通の“アパート”でした。
アパートと違うのは、そこに入っている住民全員が同僚である、という事位でしょうか。
駅からはちょっと歩く距離ではありましたが、静かな環境、道を挟んだすぐ隣には11時まで営業しているスーパー、10分位歩けば映画館の入った大型ショッピングセンター、アウトレットモールも至近、そして何よりも駐車場完全無料“幹線(R357:川越街道)沿い”という好条件の物件である事は間違いなかったでしょう。
付き合い始めてまだ間もない頃、始めてN氏の部屋に招待された私。
部屋に入った瞬間、第六感が警鐘を鳴らし始めました。
この部屋…いや、このアパートには、何かがいる。
私しか分からない気配。
しかし、当初はN氏には敢えて言わずにおりました。
今住んでる所に“何かがいる”と言われたら困るだろう…そう思って、心の奥に蓋をしておいたのです。
しかし、N氏は私よりもっと早くから、何かが違う事に気付いていたのでした。
ある日の晩。
夕ご飯としてお鍋を作り、突付いていたところ…
コツ…コツ…コツ…
隣の部屋から、小さく壁を叩く音が聞こえてきたのです。
音の出所はすぐに判明しました。
N氏の部屋に向かって左隣の部屋の壁の一角から、小さく、しかしはっきりと音はしていたのです。
お酒を飲んでいた事もあり、最初は
あ…騒ぎ過ぎたかな??お隣さんに怒られちゃった…??
程度にしか考えていませんでした。
N氏は全く気にも留めていないようだったので、敢えて流して、ちょっと声のボリュームを下げて暫し談笑。
暫くして音は止みました。
何事も無かったかのように後片付けをして、後は寝るだけ…。
明かりを消し、小さい布団(当時はシングルサイズでした)に2人で包まって、何をする訳でもなく、また小さな声で談笑。
コツ…コツ…コツ…
また、同じ場所から同じ音が聞こえてきたのです。
ここに来て始めて、“コレはまずいんじゃないか??”と思い、さり気なくN氏に
ねぇ…向こう(隣の部屋)って、誰か入ってるの??
と訊いた所、
いや…入ってへん筈なんやけど…あの音やろ??
という言葉がN氏の口から出てきたのです。
そう、N氏はこの社宅に入ってきた時から、その“音”の異変に気付いていたのです。
そして、隣の部屋は何故かやたらと入れ替わりが激しい、とも…。
そうこうしている内に、音が段々とエスカレートしてきたのです。
コツ…コツ…コツ…
ゴツッ!!ゴツッ!!
ゴツゴツゴツ!!
ドンドンドンドン!!
ゴツッ!!ゴツッ!!
ゴツゴツゴツ!!
ドンドンドンドン!!
そして、その壁を叩く音は…
鳴り続けている間、じわりじわりと移動を始め、徐々に上へと上がっていったのです。
最初は壁の、床にかなり近い位置で鳴っていた筈が、じわりじわりとその高さを上げ…
遂には、余程背が高い人で無いと届かないような壁と天井の設置面まで…。
そして…
遂に、天井から音が聞こえてきたのです。
天井を這い回って音を鳴らしているかのような音。
そして、それと同時に聞こえる、微かな足音。
Nさん…これ、まずいと思うよ…??
あぁ、分かってるんやけど…どないしてエエんか分からんからなぁ…。
よく聞こえてくるんやけど、暫くしたら収まるから気にしないようにしてたんや…。
…N氏の言う通り、暫くすると音は止み、また静寂が戻ってきたのです。
残された漆黒の闇。
聞こえるのは、たまに幹線道路を走る車の、微かなエンジン音だけ。
そして、私達は眠りに就いたのです。
1度気が付いてしまうと、音は何度も何度も聞こえてくるようになりました。
そんなある日、スモーカーの私は、N氏の部屋のベランダに出て、夜の住宅街を眺めながら煙草をくゆらせていました。(N氏はノンスモーカーなので、室内では吸わないようにしていた)
そして、ふと“奇妙な隣人”が気になり、隣の部屋のベランダから室内を覗き込むと…
カーテンで遮断されているので、中をくまなく覗き込む事は出来ません。
暗い室内。
その中に光る、ボゥッ…とした“何か”。
すぐに視線を逸らし、煙草を揉み消して室内へと入りました…。
N氏曰く、“今に始まった事や無い”との事だったのですが…。
隣の部屋に棲み付いてしまった、“奇妙な隣人。”
彼(彼女??)は、何故あの部屋に居付いてしまったのでしょう…。